【ねえ、君殺人鬼でしょ?】

小説
060818_2238~0001

 僕の後ろからそう話しかける女性の声が聞こえた。

 帰りのラッシュまで少し間があり人もまばらな夕方の駅のホーム。
 当然、僕は自分の事だなんて思わなかったし、僕に話しかけられたとも思わなかったし、冒険心も、不必要な興味も持たない16歳で、自分から見てもちょっと老成している性格だなと認めてしまっている節があるので、少し頭がかわいそうな人が駅に居るのは良くあること程度にしか思わず、当然僕は関係ないものとして振り向かなかった。
 「ねぇねぇ!君だってば、そこの○×高校の制服着て上からこげ茶のコートと白いマフラーしててナイキのリュック右肩にかけながら右手で「E.G.コンバット」の最終巻読んでて財布の中身が多分3200円くらいしか無いっぽい階段下りようとしてる冴えないそこの165センチ50キロくらいの君!」
 条件は当てはまる。僕は○×高校の制服の上にコートをはおり白いマフラーをしてナイキのリュックもかけているし小説も読んでるし、しかも「されど罪人は竜と踊る」の新刊だ。
 ついでに言うならば財布の中身も3251円だ、そして、絶望的なまでに冴えない。果てしなく条件に近い。
 が、 殺人鬼などと言われながら呼び止められるなんて心外だ。
 きっと僕のことでは無いだろう。心の平穏がそうであれと全力で神に祈ってる。

 ・・・周りの人が僕を見ている。

 どうやら後ろから感じる視線は気のせいではないらしい。
 よくいる日本人から御多分に漏れず、目立ちたいとは思わない性格の僕ゆえ、そのまま足早に階段を下りようとしたその瞬間、僕は腕を引っ張られた。
 神が居ないのは知っている。

 ・・・仕方なく僕は振り向いた。

 そこには、一瞬外国人かと思うようなパッチリ目鼻の顔立ちの女性が立っていた。
 年齢は特定しづらい。表情や化粧の仕方などは若そうだがその外観と背の高さもあって大人びても見える。
 女性としてはかなり背が高く(僕より頭一つ分はでかい)髪は真紅色のロングストレートで口紅も真紅だ。
 かなり体のラインが出るこれまた真紅色のスーツをビシッ!っと着こなしている。
 そしてその真っ赤なイメージから唯一剥脱されているのが真っ青な瞳。とても高い所から見る空のような蒼だ。カラコンだろうか。
 見た目だけならば奇抜な色使いを除けばとても綺麗な女性で、多分好みじゃないと言う男性のほうが圧倒的に少ないだろうと思われる。

 だが僕にはだるいと言う感情のほうが大きかった。
 人に話しかけられるのは激しく気だるいのだ。
 えてすれば、コミニュケーション能力あるのか?位の勢いで僕は非友好的に腕をつかんだ主に答えた。
 「・・・なんの用でしょうか?」
 僕はこういうひねくれた性格で、数少ない友人からも人は「一人では生きていけないぞ」と今時、学校の教師でも言わないような説教をされる。
 赤い女性は満面の笑みだった。
 どう見ても危ない人に捕まってしまった。一応僕の中の常識では「君、殺人鬼でしょ?」と言って人を呼び止める人は、日本の常識の下で育たなかった紛争地域出身の人か、あるいは道を尋ねるのに悪戯好きな友人のせいで、間違った日本語を教えられた外国人くらいしか思い浮かばないのだがどうだろうか。
 前者なら僕みたいな普通の高校生が殺人鬼な訳無い、ということを常識的に判断できていない事も納得せざるを得ない。
 後者なら僕を呼び止めた理由も、道を聞くには大人しそうで丁度良かった、と思って声をかけたのだろうと無理やりだが理解できる。
 だが彼女は知性的で、ある種挑戦的な、面白いものを見る子供のような目で僕の目をまっすぐ覗き込んでいた。
 「ふ~ん、やっぱりそうだ」
 僕の諦観した、まだ他人事であるような、死んだ魚みたいな目を見て彼女は確信したらしい。

 「ねえ、君殺人鬼でしょ?」

 とても面倒くさい事だが否定をしておかねばならない。
 それが自称一般的な大人の対処ができる高校生と自負してる僕の役目だ。
 「どういう理由で貴女がそう思い、僕に話しかけたのかは知りませんが、なぜ、僕が殺人鬼などと思いいたったのでしょうか?僕にはそういう人聞きの悪い名称で呼ばれる理由に思い至る能力がありません」
 一応、殺人鬼と呼ばれなければいけない様な理由を問い返してはいるが、僕の本心は正直なところさっさと立ち去ってしまいたいだった。
 頭のおかしい人に絡まれた一般市民を振る舞い、周りの誰かが迷惑そうな僕を哀れんで、駅員か警察でも呼んではくれないだろうかなどと考えていたのだ。
 だけど、周りの人はチラッとこっちを見はするがそれだけだ。
 当たり前だろう。それが一般的な日本人だし僕も当事者でなければそうしている。
 彼女に視線を戻すと右手を顎にあて、右ひじを左手でささえながら考え込んでいた。
 「う~ん、なんでだろうなぁ、直感というか感性と言うか思い込みといか虫の知らせというか、・・・あぁ、わかった!うん、そうだな【真実】と言う言い方が君が殺人鬼だと思った理由に一番近いだろうか」
 なんてぶつぶつ言いながら自分で発した言葉を噛み砕いて整理しようとしているみたいだ。
 ・・・できてないけど。
 「失礼ですけど、以前お会いしたことは有りましたでしょうか?」
 「いや、無い!今そこで初めて君を見た。でも君は殺人鬼だよ。心の底からそう確信する。 君は紛れも無く疑いようも無く、ただ単に殺すために人を殺す純正の殺人鬼だよ。 正直話しかけた瞬間に殺されるんじゃないかと覚悟すらしていたが、まずはファーストコンタクトが成功して私自身ほっとしている。 たとえ殺人鬼でも、言葉が通じれば意思の疎通は出来るものなのだなと心から感動しているよ。 ちょっと殺人鬼とコンタクト成功記念になるような物は無いかとさっきから必死に考えているんだ。 携帯で写メを取ろうにも私は携帯を持っていないし、サインを貰うにも絶対に無くす自信があるし・・・」
 どうしよう、酷い言われようだし酷い脈絡の無さだ。
 どんな薬をキメればこんな饒舌に自分の妄想を語れるヤバイ人になれるんだろう。
 僕はどんな非日常的な悪行を重ねれば、こんなイカれたヤバイ人に話しかけてもらえるような、素敵な不運を味わえるかわいそうな人になれるんだろう。
 僕は不幸なんだと今初めて知った。今僕がそう決めた。僕は不幸だったのか。不幸だったんだ。うん、僕は不幸だ。
 もしこの世に全ての人の運命を決めている神様なんて極悪人が存在するというのなら、早く地獄に落ちてしまえばいいのに。
 外見は、知的な女性の様に見えるのに、頭の中は脳みその変わりにお花畑が詰まっている。優しくない僕ですら同情を禁じえない。
 「それで、僕に何か用事があって声をかけられたのでしょう? 用事が無いのなら特には急いでいませんが積極的に係わり合いになりたいとは思わないので失礼します」
 ここはきっぱり言っておこう。よし、いいぞ、僕!
 そうして決然とまた階段を下りようとした僕の腕を、真っ赤な人はしっかりつかんで離さなかった。

 ・・・逃げられないらしい。

 「急いでいないのか、それは私は良い事を聞いた。 理由を話せばならないな、なぜかって?なぜなら私は君に興味が深深なんだよ。 だってめたらやったら殺人鬼なんて居ないだろう? 人類の半分が殺人鬼だったら一瞬で世界は殺人鬼だけになってしまう。 だけどそうはならない、なぜなら殺人鬼なんてそうそう居ないからだ。 だから殺人鬼はめずらしい。実は私も殺人鬼を見るのは初めてなんだよ。 だからつい興奮してしまって。 ぜひ、どんな風に殺すのかとか何で殺すのかとかどんな時に殺すのかとかどんな場所で殺すのかとか殺した時の気分はとか殺す前と後じゃどっちのほうが興奮するのかとか今まで何人殺したのかとか被害者になる人物に好みはあるのかとか好みといえば趣味はあるのかとかもし趣味が食べ歩きとかなら好きな食べ物はあるのかとかなんの動物が好きなのかとか好きな映画のジャンルはなんなのかと言う取り留めのないこととかゲーセンとかカラオケに行ったりはするのかとか誕生日は何年の何月何日何時何分何十秒なのかとか遊園地で絶叫系は乗れるのかとか海と山ならどっちのほうがよく行くかとか初めてキスするならどんなシチュエーションが良いのかとかどんな女性が好みなのかとか今好きな女性は居るのかとか変な話題から話しかける女はどう思うのかとかそれが最近見た映画のパクリと知られたらどんな風に思うのかとかその・・・」









 「私が君に一目惚れしたと言ったら君はなんて答えるのだろうかとか」









 よく見ると赤い女性は、髪の毛と唇と服のほかに顔まで赤かった。でも、視線は真っ直ぐ僕を見ている。
 ポカーン。
 僕はきっとそんな顔してただろう。これは僕を暇つぶしやうさ晴らしに「おい、このイエローモンキーの最低な人殺し野郎!」と罵るためではなく、強引なナンパと言うか、愛の告白だったのだろうか。
 「私の質問に全部答えてもらうまで君を帰しはしないぞ。暇なんだろう?」
 そうして彼女はその笑い方こそが自分が一番輝くのだとでも言うように、実に良い笑顔で僕の心をさらって見せたのだ。
 僕はつい、変な人と呟いて笑い出してしまった。
 「僕も貴女に興味が深々になってきたみたいだ。」
 そうして僕もニヤッと笑って見せた。
 不安だったのだ。何故知られていたのか。
 僕は証拠を残していない自信だけはある。
 彼女は顔を真っ赤にして僕の手を引いて階段を降り始めた。
 「とりあえずここは人目がある!喫茶店でも入ってゆっくり話そうじゃないかあ、あははははははは」
 ・・・今頃照れてるなんて可愛いなこの人。
 そうだなぁ、ちゃんと答えてあげなきゃ、貴女の疑問。

 どんな風に殺すのかとか何で殺すのかとかどんな時に殺すのかとかどんな場所で殺すのかとか殺している時の気分とか殺す前と後じゃどっちのほうが興奮するのかとか今まで何人殺したのかとか被害者になる人物に好みはあるのかとか、ね。

 僕のリュックの中には常に愛用のナイフと、いつ返り血がついても良いように着替えが入っている。

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